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特集3
木目込人形
人形には魂が宿り、
木目込人形には日本の“ソウル”が宿る。

人と人形のただならぬ関係!?

人類が文化というものを持ち始めた当初から、人形は作成されてきました。

人の形に似せた“物体”。それは愛玩の対象であり、祭礼などに用いられる信仰の対象であり、そして身代わりとして人間の代わりを務めてくれるところから、道具でありながら、それ以上の何ものかを持ち合わせているような気がします。

人形には魂が宿る。そう思われても不思議ではありません。現に髪の毛が伸び続けたり、目から涙を流す人形の話などが、まことしやかに伝わったりしますよね。

何だかちょっと不気味な話になってしまいました^^

別に驚かせようとしてこんな話をしたわけではありません。人形というものが、いかに人間の心の本質から生まれたものなのかを指摘したかっただけなのです。

古代では、人形は呪いをかけたり、厄災を逃れるために使用されたこともありましたが(ひな人形も、元はといえば災厄よけの“守り雛”から来ています)、やはり子供の遊び道具として与えられるものが主流です。ままごとや着せ替え遊びで、人形は欠かせません。それは同じ“身代わり”でも、社会のルールを自然と覚えるために人形は役立ちます。

そして遊び道具としての人形から発展して、美術的に優れた観賞用の人形というのも出現しました。

今回、ご紹介する「江戸木目込人形」もその中のひとつと言えるでしょう。



京の“はんなり”、江戸の“粋”

木目込人形自体の発祥は、京都の上賀茂神社に仕える雑掌高橋忠重の作った人形とされています。忠重は、鴨川に生えていた柳で人形を作り、そこに溝を掘って神官の衣裳の端切れをきめこんだのです。だからそれらの人形は、「加茂人形」や「加茂川人形」、「柳人形」などと呼ばれていました。

それが江戸に伝わり、発展したものが「江戸木目込人形」です。京都の人形よりもスマートで、目鼻も小さいのが特徴です。また、頭は桐塑または素焼きで出来ています。

京都の“ふっくらはんなり”から江戸風の“粋でスマート”に変化していったのですね。

やはりそこには文化の中心が、江戸時代の前半はまだ上方風だったものが、やがて江戸独自のものに変わっていったことがあるのでしょう。

その姿には、江戸の職人魂が感じられます。やはり、“人形には魂が宿る”は、間違ってはいないのですね。

ところで外国の方のお土産にも江戸木目込人形は人気です。それはやはり日本独特の着物や人気の歌舞伎のシーンがエキゾチックに感じるからでしょう。木目込人形は、衣裳を一枚一枚、木目込んで作るので、布の鮮やかさが引き立ちます。つまりより“日本らしさ”が際立つと言えるでしょう。外国の方にとっては、魂、つまりソウルフルな人形が江戸木目込人形なんですね。



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